ブルワーの職人技 : ベアード研究所#2:酵母は超ふえる
お久しぶりです。ラボテクニシャンのタイキ(27歳独身)です。前回の記事では酵母の名前について書きました。社内外からそれは大変な反響を頂戴し、あれから約半年、続編をかくことにしました。懲りずにまた酵母の話です。
酵母はビールを作る上で欠かせない、重要な材料のひとつですが、どういう点で重要かって、ビールを構成する材料の中で唯一「生きている」存在だということです。彼らは成長するし、増えるし、老いるし、最終的には死にます。つまり、他の原料と違って、酵母という材料の状態は、扱い一つで大きく変わってしまうし、また変えることができると言えます。
今回は特に、酵母の「増える」特性に着目して、僕らがどのようにして酵母を増やしているか、この辺りを見て行きたいと思います。
酵母の「タネ」
僕たちの酵母の大元は、試験管の中に入っています。写真のような見た目で、ゼリー状の培地の上に載せられ、低温保存されています。この他、さらに厳重な保存方法でも保管していて、おっちょこちょいのブルワーが試験管を割ってしまった時のバックアップも用意してあります。このような“高度な”管理は、近所にある「沼津工業技術支援センター」という研究施設から技術支援を受けることで可能になっています。センターの皆さん、いつもありがとう。今度ビールおごります。
試験管の中、白っぽく見えるのが酵母。これを超きれいな空間の中で取り出し、麦汁に移していく。
この試験管に入った酵母は、いわば「タネ」です。ビール作りを頑張ってもらうためには、この試験管から外に出て、どんどん成長していってもらう必要があります。 まず僕たちは、自ら作った麦汁をこのセンターへ持って行きます。そして試験管からちょこっと酵母をいただき、麦汁の中へと移します。合計1リットルの麦汁に、ほんの少しの酵母を放つのです。私たちはこの作業を、inoculation(接種、植菌)と呼んでいます。
なぜ麦汁を使うのか?麦汁には、酵母が増えるために必要な栄養素がバランスよく含まれています。さらに、有害なバクテリア類の増殖を防いでくれる、ホップ由来の成分も含みます。つまり、麦汁は酵母にとって格好の棲み家であり、おいしいエサでもあるというワケです。
酵母は超ふえる
ほんのちょっとの酵母をブルワリーに持ち帰ってきてから、怒涛の10日間が始まります。まず、25℃のヌクヌクな環境を用意します。最初の4日間ほどは、おもいっきり増えてもらうため、酸素も注入してあげます。そうこうしている間に、麦汁中の栄養分をどんどん食べ、増殖していく酵母。我々ブルワーは、彼らに合わせてまたご飯を作ってあげなければなりません。底なしの食欲をみせる酵母(数が増えてるんだから当たり前だけど)に麦汁を供給していく日々です。僕たちはこの過程を、propagationとカッコつけて呼んでいます。propagationは酵母を扱う上でもっともナーバスになる場面ですが、もっとも楽しい場面でもあります。健康に育つように、悪い菌が混ざらないように。細心の注意を払って扱います。まるで子育てですね。
最初の1Lから10日ほどかけ、麦汁の量を段階的に増やしていきます。そして、最終的にベアードブルーイングの最大仕込み量である、5000〜6000Lの麦汁を仕込みます。麦汁の量としては、最初からおよそ6000倍に増えました。そのとき酵母はどれくらい増えているでしょうか。最終的に得られる酵母はおよそ200kg、個数にして270兆(!)個。センターでもらってきた酵母の量はおよそ1億個なので、270万倍に増えたってワケですね!正直引きます。
1Lの麦汁のなか、25℃ぴったりの部屋で培養中。大渋滞。
たった一本の試験管から、酵母が増えていく流れ。なんと270万倍にまで増えて、ビールをつくってくれる。
このようにして増やした酵母は、タンクの底から回収され、また次の麦汁の発酵へと働きに出されます。それが終わればまた次、というようにして、繰り返しビールを作り続けてくれます。そのうちに酵母はストレスを感じ、疲れてくるのですが、、、この辺りはまた別の機会に紹介したいと思います。それではまた!
Taiki Hashimoto
橋本大輝はベアードブルーイングのラボラトリーテクニシャン(27歳独身)。
飲み会のご連絡は[email protected]まで。